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2026/02/21 第29回紫紺杯争奪全日本雄弁大会

  • 8 時間前
  • 読了時間: 3分

2月21日(土)、第29回紫紺杯争奪全日本雄弁大会が開催されました。


当会からは大野仁弁士(国経4)が、演題『理想郷(ユートピア)』のもと、弁論作成におけるAIとの向き合い方について訴えました。


惜しくも入賞は逃しましたが、自らの想いを熱く訴えていました。


弁士お疲れ様!


以下、弁士の感想です。


会員の皆さんへ

​お疲れ様です。第29回紫紺杯争奪全国学生雄弁大会に出場いたしました大野仁です。

​本日は、本大会の弁論を通じて伝えたかった価値観と、構成面を含めた振り返りをご報告させていただきます。

はじめに、本弁論の作成に際して多大なるご協力をいただいた会員の皆様に、心より御礼申し上げます。

​私が今回の弁論で訴えたかったのは、「進化し続ける生成AIと、弁論界隈はどう向き合っていくべきか」ということでした。

入学時にAIが存在しなかった最後の世代として、これからの世代にAI利用について考えるきっかけを提供したいという使命感が、このテーマを選んだ原動力です。

出発点として、AIが浸透していく界隈に対する「虚無感」を挙げ、なぜそのように感じるのかを深く追求しようと試みました。

​その中で、人間がこれまで行ってきた「思考』」という行為がAIに代替されつつある現状を、「自分の考えを自分の言葉で語る」という弁論の理想状態と比較し、問題提起を行いました。

そして解決策として、AIの全面的な利用抑制を界隈に訴え、物理的な空間で直接言葉を交わす弁論大会の本来の価値を再創出していくべきだ、という趣旨の提言を行いました。

​ここからは、構成面からの反省点です。

大会を経て、私の想定と界隈の現状認識との間に最も大きなギャップを感じたのは、問題性の「広さ」と「深さ」でした。

​まず、AIの利用は私の想像以上に一般化していました。弁論の質を向上させるためのツールとして、作成過程でのAI活用がすでに前提となっており、その影響は広範に及んでいました。

また、多くの弁士にとってAIは「生成」というより「検索の延長線上」として利用されており、私が指摘した「思考の代替」という問題意識はあまり共有されていませんでした。

​弁論内では、検索の延長としてAIを使うことの弊害を「思考の代替」という形で表現し、被害として立証しようと試みましたが、結果として聴衆の十分な納得を得るには至りませんでした。この被害性を十分に打ち出せなかったことが、本弁論の最大の課題です。

さらに、提言として提示した「AIの全面的な利用抑制」も、現在の弁論作成のプロセスを踏まえると現実離れしており、実現可能性を下げる要因となっていました。

​これらの反省を踏まえ、今後改善すべき点は以下の2点だと考えています。

1点目は、現在のAI利用による被害性の深掘りと、将来的な被害性との「切り分け」を行うこと。これを明確にすることで、問題の深刻さをより聴衆の実感に近い形で伝えられたはずです。

2点目は、提言の方向性です。「全面的な抑制」と打ち出すのではなく、「AIの使用ルールについて界隈全体で議論を深めるべき」といった、より現実的で行動に移しやすい形に落とし込むべきでした。

​今回は入賞には至りませんが、本弁論が界隈において「AI利用」について見つめ直す一つのきっかけになれたのであれば、語った意義はあったと考えています。

AIが一般化していくこれからの時代において、「弁論において人間が担うべき役割とは何か」を、会員の皆様にもぜひ一緒に考えていただければ幸いです。


最後に連弁、添削まで様々な形ご協力頂いた全ての会員の皆様に今一度深く感謝の意を表して結びとさせて頂きます。




 
 
 

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